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鈴木基伸様 豊田工業高等専門学校(英語担当)

  • 皆さんも、一度、近江アカデミーにいらっしゃいませんか?―“A Whole New World”と“A Whole New Self”との出会いが待っていますよ!
  • 鈴木基伸様
    豊田工業高等専門学校(英語担当)

今年(2013年)で58歳になります―「アラカン(around還暦)」です。定年までカウントダウンをする歳になりました。
そんな私が、2年前に近江アカデミーの門を叩き、「アラカンの手習い」を始めました。36年ぶりに「学生」になって、月3回のアカデミーの授業に通う―その気分は、「初めて英語を学び始めたころのワクワクした気分」と似ています。

「なぜ近江アカデミーで学ぶとワクワクするのか?」―

それは、そこに「本当の学び」があるからだ、と私は思います。日本映画大学教授の川崎賢子さんは、ある新聞に「あたりまえにみえていたものがあたりまえでないことに気づいて、揺れながら脱皮することが、学生の学び」と書いていました。

アカデミーでの近江先生の指導は、これまで「あたりまえ」と思っていた「英語の学び方」や「英語の教え方」に対する先入観を揺さぶります。自分の「頭」と「心」と「体」にいつの間にかこびりついてしまった「固定観念」がはがされていくのを感じます―この感触に「とまどい」や「混乱」が生じるのは事実ですが、それ以上に、<「新しい世界」で、「新しい自分」に出会える>という「期待感(ワクワク感)」を感じます。

それでは、「新しい世界」とはどんな世界でしょうか?
アカデミーの授業で学んでいるとこれまでと異なった「英語の世界」が見えてきます―それは「パロールとしての英語の世界」です。フランスの言語学者ソシュールは、言語を「ラング」(「制度的体系」としての言語)と「パロール」(「具体的な発話行為」としての言語)に分類しました。本来の語学学習は、「ラング」の体系を覚えることに偏向していました。これは、文字や語句の本来もつ意味を理解して、1文の文字通りの意味を把握して学習が終了することを意味します。一方、アカデミーで学ぶオーラル・インタープリテーションは、英語教科書の文章であれ、新聞・雑誌の記事であれ、文学作品であれ、すべての文章を、その背後に語り手のいる「語り」(パロール)としてとらえます。このことにより、学んでいる英文に「血」が通い始めます。酒場が舞台であれば、その文章から酒や料理のにおい、客の喧騒や皿やグラスのあたる音までも感じられるようになります。
作者との“an intimate sharing of literature”を体験することができます。これが教員生活34年間にして出会った私にとっての“a whole new world”です。

次に、「新しい自分」とは何でしょうか?―
それは、近江先生のコメントによって発見する「自分の姿」です。アカデミーの授業では、受講者がテキストの英文を一人ずつ朗読します。その朗読は、単に英文を読むだけでなく、「すべて書かれた文章は、背後に語り手のいる一片の語り(parole)、言ってみればセリフとして捉え、語り手は、こういうつもりで、この語句や段落にこういう気持ちを込めて語っているのではなかろうか、それをいっているときにこういう身体の形をとっているのではなかろうかなどとテキストから読み取り、それを自分の声と身体を使って」行う朗読です(アカデミーのホームページhttp://omi-academy.com/about/oral.htmより引用)。朗読の後に、あるいは、時には朗読の途中で、近江先生はコメントをされます。先生のコメントを聞くのは、「怖く」もあり、「心地よく」もあります。なぜ「怖い」のでしょうか?―それは近江先生の前で朗読をすると、自分の「ありのままの姿」があぶりだされてしまうからです。

それなのに、なぜ「心地よい」のでしょうか?―
それは、そのコメントが、その人の「ツボ」に入るからです。いわば、腕のいいマッサージ師が、ツボを捉え、コリをほぐすような、「痛気持ちいい」感覚を味わえるからです。各人の「朗読の姿勢」に、その人の「文章に向き合う姿勢」が現れ、ひいては、その人の「人生に対する姿勢」が現れる―これは、近江先生が常々おっしゃっている言葉です。

例えば、私の場合、次のようなコメントを近江先生からいただきました。

「鈴木さんは、ご自身と生徒の間に、教科書を置いて、常に教科書を見ながら、説明をされているのではないですか?朗読の時に、なかなか、テキストから目が離せない。オーディエンスが見られない。それは、日頃の授業でのご自身の姿勢と関係があるように思われます。」

「鈴木さん、すべてのフレーズをrising intonationで読んでますよ―これ職業病だね(笑)。教師は、フレーズごとに生徒が理解しているかどうか、確かめたくなるクセがあるからね。」

「鈴木さん、上半身に力入りすぎですよ。もっとリラックスして!それに、どこも強く読むんじゃなくて、抜くところは、軽く速くさらっと読んでください。メリハリをつけて読んでください。」

これらのコメントは、単に私の朗読の仕方についてのアドバイスにとどまらず、私の「教師としての姿勢」、さらには「人生に対する姿勢」へのアドバイスにもなっています。この歳になりますと、なかなかストレートに助言をしていただくことがありません。
その意味でも、アカデミーの授業は、私にとって貴重な自己研鑽の場となっています。「アラカンの手習い」で、「日々進化する自分」を育てていきたいと思います。

皆さんも、一度、近江アカデミーにいらっしゃいませんか?―“a whole new world”と“a whole new self”との出会いが待っていますよ!